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からし種シアター「きよしこの夜が生まれた日」

昭島教会と深い関係にある劇団「からし種シアター」からのクリスマスプレゼントです。クリスマスにふさわしいお話「きよしこの夜が生まれた日」を12月24日~27日まで4日間期間限定で無料配信をいたします。ぜひご覧ください。どうぞ良いクリスマスと新年をお迎えください。

よきクリスマスイヴをお過ごしください

2020年12月24日(木)17時30分、「新型コロナウィルス感染防止のためクリスマスイヴ礼拝は中止しますが、礼拝堂への入場は可能です」と記した看板を教会玄関前に出し、室内の照明と暖房をつけ、音楽CDで音楽を流し始める。どなたでも静かに祈りをささげることができる場所をご提供。18時から20時まで。 暖房が効いていて、あったかいです。穏やかな音楽が流れています。仕事帰りの方々が少しずつお見えになっています。

ピアノ賛美「雨だれ」富栄徳さん演奏・動画編集

富栄徳さんが「雨だれ」を演奏してくださいました。ありがとうございます!「この雨の季節にしっくり合う曲です。雨音に重ねて耳をかたむけるのもいいですね。でも豪雨にはならないでと願います。終わりに聖句(マタイ6:21)も紹介されています。」

天のエルサレム(2020年6月28日 礼拝宣教)

宣教壇にアクリル板を設置し、マスク着用で説教しています ヘブライ人への手紙12章18~29節 関口 康 「このように、わたしたちは揺り動かされることのない御国を受けているのですから、感謝しよう。感謝の念をもって、畏れ敬いながら、神に喜ばれるように仕えていこう。」 来週の礼拝から原則的に元通りに戻すことにしました。教会学校も来週から再開します。聖書に学び祈る会も今週木曜から再開します。それが最善の選択だという確信はありません。様子を見ながら状況に対応していきたいと考えています。 今日の聖書の箇所はヘブライ人への手紙12章18節から29節までです。いつものとおり日本キリスト教団の聖書日課に基づいて選びました。内容的に難しい箇所です。何を言っているのか分からないとさえ思えます。しかし、難しいから避けるのではなく、皆さんと一緒に難題に取り組む気持ちでお話しします。 最初に申し上げるのは、「ヘブライ人への手紙」というタイトルの問題です。先週の宣教で「ヨハネの手紙一」を取り上げたときに申し上げたのと同じようなことを言わなくてはなりません。それは、「ヘブライ人への手紙」は「手紙」ではない、ということです。 ただし、「ヨハネの手紙一」と違い、「ヘブライ人への手紙」には13章20節から最後までに「結びの言葉」があります。この点だけ見れば手紙のようでもあります。しかし、書いた人の名前もなければ、宛て先も記されていません。もともとは前書きがあったが、失われたのだという仮説が唱えられたことがあったようですが、根拠はありません。 手紙でないなら何なのかを考えるヒントがあります。それが今指摘した13章20節以下の「結びの言葉」の中の「兄弟たち、どうか、以上のような勧めの言葉を受け入れてください」(22節)です。「勧めの言葉」の原意は、今の教会の「宣教」と同じです。つまり、この書物の内容は「手紙」ではなく「宣教」であると著者自身が述べています。 次に申し上げるのは、この書物の著者はだれかです。これも13章22節以下の結びの言葉の中に「わたしたちの兄弟テモテが釈放されたことを、お知らせします」(23節)と記されていることで、テモテは使徒パウロの弟子であることがよく知られているために、「ヘブライ人への手紙」はパウロが書いたものだと昔から考えられてきました。

信仰の道(2020年6月21日 礼拝宣教)

説教壇にアクリル板を設置し、マスク着用で説教しています ヨハネの手紙一2章22~29節 関口 康 「初めから聞いていたことを、心にとどめなさい。初めから聞いていたことが、あなたがたの内にいつもあるならば、あなたがたも御子の内に、また御父の内にいつもあるでしょう。」 今日も変則的に短縮した形で礼拝を行っています。宣教も短くします。 ご承知のとおり、今年度の私は2つの学校で聖書を教えています。ひとつの学校は校舎での対面授業を再開しています。もうひとつの学校はインターネットを用いたオンライン授業をしてきましたが、まもなく対面授業を再開します。 現時点で私が対面授業に出かけているのは週1日だけです。片道3時間かかり、その間のほとんどの時間を、電車とバスの中で過ごします。一昨日出かけたときは朝5時台の電車で、立川から新宿まで座れませんでした。帰りの午後2時台の電車も新宿まで座れませんでした。座りたかったと言いたいのではなく、東京の交通機関はすっかり元に戻っているということを報告しようとしているだけです。 しかし、もう危険は去ったのでしょうか。毎週言うようなことではありませんが、昨日も「国内で64人、そのうち東京は39人の感染者が確認された」と報道されていました。世界保健機関(WHO)の事務局長は昨日の時点で「一昨日、世界で過去最大の15万人超の新規感染者が確認された」と表明し、「流行は加速している」とまで言いました。そのような報道と東京あるいは日本全国の現実は全く矛盾していると、私には思えてなりません。 しかし、「とにかく様子を見る他はないだろう」としか言いようがありません。私が自分のしていることを誇張したいわけではありませんが、もしかしたら今集まっているわたしたちの中で、最も長時間の電車やバスの中にいたり、千人以上の学校の中に長時間いたりするという意味で、最も危険な存在かもしれません。どこで何を拾ってくるか分かりません。 そのように思うのであれば、私は今ここに立つべきではないかもしれません。しかしそういうわけにも行かないという現実の前に立たされているという点で多くの方々と同じ立場でいる気持ちです。「マスクで鼻と口を覆い、教会のみなさんになるべく近づかないようにする牧師」というのは、概念矛盾のようなものでしかなく、申し訳なく思うばかり

ピアノ賛美動画「悲愴」富栄徳さん演奏・動画編集

富栄徳さん感謝です!「第一楽章は《さあ大変!どうしよう》と重苦しい雰囲気ですが、第二楽章は《気持ちを切り替えて前に進もう》といった感じです。コロナ騒動が新しい段階に入った今とオーバーラップする気がします。第三楽章のように明るい日々が戻ることを信じたいです」  

賛美動画「この世の波風さわぎ」富栄徳さん編集

5月24日(日)公開の長井志保乃さんのピアノ賛美「この世のなみかぜさわぎ」を富栄徳さんがギター付き動画にしてくださいました。「アイルランド民謡から作られた美しい讃美歌で、《ダニーボーイ》として多くのアーチストに演奏されています。」富栄さんありがとうございます!  

聖霊の賜物(2020年5月31日 ペンテコステ礼拝宣教)

「礼拝開始チャイム」はここをクリックしてください 下記の宣教文のPDF版はここをクリックしてください ヨハネによる福音書 14 章 15 節~27 節 石川献之助 私たちは三位一体の神を賛美し礼拝しているのだという事を、聖霊降臨節(ペンテコステ)にあたって、新たに心に留めたいと思います。 それは後から付け加えられた恵みというのではなく、もとから救い主イエスと共におられたのです。その聖霊が、主イエスが昇天された後、主イエスを信じる弟子たちが集まっているその上に下り、新たなる現実となったのであります。 聖霊降臨の出来事を伝える聖書の箇所として、使徒言行録 2 章1節~も合わせてお読み下さることをお勧めします。今朝はヨハネによる福音書のテキストを与えられました。 ヨハネによる福音書 14 章 16 節~17 節には「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は真理の霊である。」と書かれています。これから起こることに戸惑い、不安でいっぱいの弟子たちに、主イエスは聖霊を与える約束をして下さっています。 この「弁護者」という言葉ですが、ギリシャ語ではパラクレートスといい、口語訳聖書では「助け主」と訳されています。パラクレートスとは、常に困難や苦悩、疑惑、あるいは当惑のもとにある人を助けるために招きいれられる者を意味します。聖霊は私たちに真理を教え、そして真理のための戦いを進めることが出来るようにする弁護者として働いてくださるのです。 主イエスは私たちに何を遺して下さったのでしょうか?それは救いの愛であります。主イエスは十字架という値を払われて、人間の救いの業を完成され、弟子たちに律法ではなく愛を示すために聖霊をおくられた、そこにペンテコステの出来事の意味があるのです。聖 霊に満たされた、主イエスに従う弟子たちの集まりを「教会」と呼び、それは喜びと救いを中心とした交わりなのであります。 私は今、主イエスの心の内を思い起こしています。十字架の出来事の前、主イエスは冷たい洞穴みたいな所に裸でなげこまれて、さぞ寒かったろう、さぞ悲しかったろう、弟子から捨てられたという思いも抱かれたかもしれない。ペテロが群衆に向かって「彼を知らない」「彼とは関係ない」と三度否定したその声を、主

ピアノ賛美「主は教会の基となり」長井志保乃さん

長井志保乃さんが「主は教会の基となり」(讃美歌21 390)を演奏してくださいました。5月31日(日)ペンテコステ礼拝も各自自宅礼拝ですが、イエス・キリストという基(もとい)の上に立つ教会を心のうちに描きながら共に歌いましょう。長井さんありがとうございます!  

キリストの昇天(2020年5月24日 礼拝宣教)

下記の宣教文の「朗読」(音声12分17秒)はここをクリックしてください 「今日の挨拶(関口康)」(音声1分3秒)はここをクリックしてください 「礼拝開始チャイム」はここをクリックしてください 下記の宣教文のPDF版はここをクリックしてください ヨハネによる福音書7章32~39節 関口 康 「わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」 各自自宅礼拝に教会の週報と宣教文をお届けするのは、今の苦しい時をみんなの祈りの力で乗り越えたいと願っているからです。顔を合わせ、手を取り合うことが今はできなくても、心の中で教会を感じ、共に祈ることにおいて互いに励まし合う関係を、なんとかして少しでも形にあらわすことを続けていきたいからです。 私が昭島教会の皆さんと出会ったのはまだわずか2年前です。それ以前の65年間の歩みを知りません。それでも私に分かるのは、この教会の皆さんは祈りの力によって多くの困難を忍耐強く乗り越えてこられた方々であるということです。 そうでなければ、教会というものは、あっという間に壊れてしまうところがあります。否定的なことは言いたくありません。昭島教会の存在はおひとりおひとりの祈りと努力の結晶です、と申し上げたいだけです。 今日の聖書の個所も、日本キリスト教団の聖書日課『日毎の糧』に基づいて選びました。このときイエスさまはエルサレムにおられました。エルサレム神殿の境内で神さまのみことばを宣教なさいました。すると「人々がイエスを捕らえようとした」(7章30節)というのです。イエスさまの宣教を妨害しようとしたというのです。 しかしイエスさまは、少しも怯むことなく宣教をお続けになりました。そのうえでイエスさまはご自身が十字架にかけられることを覚悟しておられました。そのようなことは普通の人には堪えられないことです。しかし、イエスさまがそれを堪えることがおできになったのは、ご自身が父なる神さまからこの世に対して遣わされた方として、宣教の使命を強く自覚しておられたからです。神さまの御言葉を宣べ伝えるために、わたしはこの世に生を受けたのであり、そのために生きているのだということを確信しておられたからです。 教会はどうでしょうか。個人としてのわたしたちひとりひとりは、神さ

ピアノ賛美「この世のなみかぜさわぎ」長井志保乃さん

昭島教会オルガニストの長井志保乃さんが「この世のなみかぜさわぎ」(讃美歌第二編 157)をピアノで演奏してくださいました。とても美しく、今のわたしたちにぴったりの曲です。5月24日(日)の各自自宅礼拝でぜひ一緒に歌いましょう。長井さん、ありがとうございます!

賛美動画「シューベルトのアヴェ・マリア」富栄徳さん編集

昭島教会の富栄徳さんが編集してくださいました。「この曲が心に響きましたので編集しました。この曲は教会用に作られたものではありませんが、敬虔な祈りを誘ってくれます。このコロナ禍の中で無念のうちに召された多くの方々に捧げたいと思います」。ありがとうございます!  

キリストの勝利(2020年5月17日 礼拝宣教)

ヨハネによる福音書16章25~33節 関口 康 「あなたがたには世で苦難がある。しかし勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」 このところ毎回最初に申し上げることが「今日も各自自宅礼拝です」という言葉であるのは、なんとも言えない気持ちです。一日も早く今の避難状況を脱し、元通りみんなで教会に集まって主日公同礼拝を行いたいと願うばかりです。 しかし、申し訳ないことに、今の私はテレビを観ることができずにいます。テレビがないわけではありません。教会の大きなテレビを牧師館にお借りしています。しかし、スイッチを入れることができません。 教会のテレビをお借りしたきっかけを覚えています。2018年6月末から7月初めにかけて西日本を襲った豪雨災害でした。私の実家が岡山にあることは皆さんに明かしているとおりです。「ご実家は大丈夫ですか」と、多くの方々が心配してくださいました。 「ええ、まあ、たぶん大丈夫だと思います。何かあれば連絡が来るでしょう」とお答えしたとき、うっかり「テレビを観ていないので」と口を滑らしてしまいました。それでみなさんに驚かれまして、テレビをお借りすることになりました。 なぜテレビを観なくなってしまったのか、直接の原因は分かりません。うそばかりをつく政治家と、その人たちの言いなりになっているとしか思えない人たちばかりが出演しているように見えるテレビに堪えられなくなった気がします。 私が得ている情報はインターネットだけです。それが信頼できるかどうかは分かりません。しかし、だからといってテレビは信頼できるとは全く思えません。これ以上のことは、私に問われても押し問答になるだけです。「ごめんなさい」と謝るしかありません。 今日選んだ聖書の箇所はヨハネによる福音書16章25節から33節までです。イエスさまが十字架にかけられる前の夜、弟子たちと共に囲まれた「最後の晩餐」での言葉です。 「わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く」(28節)とイエスさまがお語りになっています。「わたしは、今、世を去る」とはっきりと。 それで弟子たちは「あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます」(30節)と答えますが、その弟子たちにイエスさまが「今ようやく、信じるようになったのか。だが、あなたがたが散ら

ピアノ賛美「いつくしみ深い」長井志保乃さん

昭島教会オルガニストの長井志保乃さんが「いつくしみ深い」(讃美歌21 493)をピアノで演奏してくださいました。弟子を「友」とお呼びになったイエスさま(ヨハネ15章14節)の愛の歌です。孤独になりがちなとき、共に歌いましょう。長井さん、ありがとうございます!  

聖霊の結ぶ実(2020年5月10日 礼拝宣教)

下記の宣教文の「朗読」(音声11分24秒)はここをクリックしてください   NEW ! 「今日の挨拶(関口康)」(音声56秒)はここをクリックしてください 「礼拝開始チャイム」(音声2分15秒)はここをクリックしてください 下記の宣教文のPDF版はここをクリックしてください ヨハネによる福音書15章18~27節 関口 康 「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。」 感染症対策としての「各自自宅礼拝」が2か月目です。今日は「母の日」です。みんなで教会に集まれない中で迎える「母の日」に悔しさを覚えるのは私だけではないと思います。 もっとも私自身は帰省すらめったにしない親不孝者なので、皆さんの参考になりません。私の両親は私が生まれる前からキリスト者ですので、息子を「神さまにささげた」と信じていてくれます。それを言い訳にして、実家にはすっかりご無沙汰しています。 しかし、皆さんはぜひお母さまを大切にしてください。私以上に、お母さまを大切にしてください。それだけに、帰省が規制されている今の状況が残念でなりません。 今日の聖書の箇所も、いつもと同じように、日本キリスト教団の聖書日課『日毎の糧』に基づいて選びました。「母の日」との関係は見当たりません。しかし、「父」と呼ばれる存在について記されている箇所です。ここに記されているのは、イエスさまの言葉です。イエスさまの「父」は神さまであると、イエスさまご自身が明らかになさっています。 再び私の個人的な話になるのをお許しいただきたいです。今日の箇所を含むヨハネによる福音書15章は、私にとって特別な意識を持たざるをえない章です。私が生まれたときから高校卒業まで家族と一緒に通っていた教会で、少なくともその当時、日曜の朝の礼拝でも、夕礼拝でも、教会学校でも、水曜の夜の祈祷会でも、教会附属幼稚園でも、いつも必ず同じ「ヨハネによる福音書15章1節から11節まで」が朗読されていたからです。 教会学校で歌われるこどもさんびかの1節の歌詞は、「主イエスはまことのぶどうの木、わたしはつながる小枝です、育てる神さま手入れして、実らぬ小枝を切り捨てる」でした。最後の「切り捨てる」という言葉が恐

ピアノ賛美「昔 主イエスの」長井志保乃さん

昭島教会オルガニストの長井志保乃さんが「昔 主イエスの」(讃美歌21 412)をピアノで演奏してくださいました。共に歌いましょう。むかし主イエスが蒔いてくださった種の実りが、父なる神の御名によってひとつとなった世界の民です。長井さん、ありがとうございます!  

賛美動画「勝利をわれらに」富栄徳さん編集

昭島教会の富栄徳さんが動画を編集してくださいました。「コロナコロナで先の希望を失いがちな今、半世紀ほど前の彼女のこの歌を聴いて、口ずさむと不思議と力が湧きます。讃美歌471『勝利を望み』と同じ曲です」と、富栄さん。素晴らしい動画をありがとうございます!

オンライン授業の練習 関口康牧師

(おまけ動画)関口康牧師が非常勤講師をしている学校でオンライン授業が行われることになり、その練習をしている最中に、牧師のお仲間から「受け取ったら腕立て伏せをしなくてはいけない」連絡が届いた。公式ルールは6回だそうが、8回でダウン。体力をつけねば。  

弟子への委託(2020年5月3日 礼拝宣教)

石川献之助牧師 「今日の挨拶(関口康)」(音声1分)はここをクリックするとダウンロードできます NEW ! 「礼拝開始チャイム」はここをクリックするとダウンロードできます   NEW ! 下記の宣教文のPDF版はここをクリックするとダウンロードできます ヨハネによる福音書21章15節~25節 石川献之助 皆さん、私は今日も神様に守られて元気に生きています! おかげさまで今週の6日には93歳の誕生日を迎えようとしています。この歳まで生きると「天国は近づいている」と思わされることが多いものですから、毎朝目を覚ました時に、新しい一日を生かされているという実感と共に、神様への感謝の思いを抱かずにはいられません。 自粛生活の中で身体が弱らないように、家の中での歩行練習やひと気のない場所での散歩などに努め、また食事を残さないようにいただくなど、自分を励まして過ごしています。それは再び兄弟姉妹が教会に集い、共に礼拝が出来る日を待ち望んでいるからです。 どうぞこの難しい時代を、祈りと思いをひとつにして、主に支えられて共に歩んでいきたいと心から願っています。 先週は、関口先生によって、ヨハネによる福音書21章1節から14節の聖書箇所を学びました。甦られた主イエスが、7人の弟子達のもとへ現れて、共に食事をなさったところです。 本日はその後15節からの御言葉が与えられています。食事を終えたのちに「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と主イエスは言われました。 この後続けて主イエスは3回同じ質問をされています。主イエスは十字架にかかる前にイエスの事を3度知らないと言ったペテロ(ペトロ)<マタイ26章69節~75節>に、主への愛を宣言させることにより、「知らない」と言った記憶をぬぐいさらせようとしたのだという見方をする人もあります。主イエスのペテロへの温かい思いが表れている箇所であります。 このペテロへの「わたしを愛しているか」という主イエスの投げかけは、「もしあなたが私を愛するなら私の群れを牧するために生涯を献げなさい」という、ペテロへの委託の言葉であったのであります。主イエスは十字架による死によって終わったのではなく、甦られてこれから始まる神の国の救いの成就のために、弟子たちに臨まれたのであります。 私はか

ピアノ賛美「あめにはみつかい」長井志保乃さん

各自自宅でみんなの心をひとつにして歌えるように、昭島教会オルガニストの長井志保乃さんが「あめにはみつかい」(旧讃美歌158)をピアノで演奏してくださいました。ベートーヴェンの「第九」です。長井さん、ありがとうございます!  

復活顕現(2)(2020年4月26日 礼拝宣教)

今日の礼拝も「各自自宅礼拝」です。今日の聖書箇所(ヨハネによる福音書21章1節から14節まで)に基づく宣教の文章を牧師のブログで公開しました。下の礼拝堂の画像をクリックするとお読みいただけます。みなさまどうか健康と安全にご留意ください。 宣教の文章のPDF版もダウンロードできます。ここをクリックしてください この(↑)画像をクリックすると牧師の「説教」ブログにジャンプします

イースター賛美 その2 長井志保乃さん

昭島教会オルガニストの長井志保乃さんによるイースター賛美演奏の「その2」です。長井さん、ありがとうございます!  

ピアノ演奏「月光ソナタ第一楽章」富栄徳さん

昭島教会の富栄徳さんが、今の閉塞感が緩まることを願って、心をこめて演奏してくださった「月光ソナタ第一楽章」の動画を公開いたします。富栄さん、ありがとうございます!  

復活顕現(1)(2020年4月19日 礼拝宣教)

今日の礼拝も「各自自宅礼拝」です。今日の聖書箇所(ヨハネによる福音書20章19節から31節まで)に基づく宣教の文章を牧師のブログで公開しました。下の礼拝堂の画像をクリックするとお読みいただけます。みなさまどうか健康と安全にご留意ください。 宣教の文章のPDF版もダウンロードできます。ここをクリックしてください この(↑)画像をクリックすると牧師の「説教」ブログにジャンプします

イースター賛美 その1 長井志保乃さん

昭島教会オルガニストの長井志保乃さんがイースター賛美を演奏してくださいました。各自自宅で一緒に歌いましょう。長井さん、ありがとうございます。  

復活節の喜び(2020年4月12日 イースター礼拝宣教)

ヨハネによる福音書 20 章 1 節~18 節 石川献之助 今日は 2020 年のイースターの復活節の記念の聖日であります。 私はこの日をどんなに大切に思っているか。私は小さい時から教会の牧師である父と、ま たその生き方に共鳴してその助け手となった母の間で育ち、「献之助」という名前をつけられて、自分が選択をするよりも両親の信仰に基づいて、あるいはその信仰を通して私の生涯をこの福音の宣教の務めに生きる教会の働きに生涯を捧げる者として、その名前を付けてくださったそういう命運のもとに、今年92 歳という長い生涯を、ただそのひとつの方向に生きてまいりました、福音の宣教を託されている者であります。 この昭島教会は、私に託された主の命令に基づいた、あるいは恩恵にもとづいた務めでありますけれども、すでに高齢ゆえ不自由な体でありまして、教会の役割を進んで担ってくださる昭島教会の役員の方々のみならず、後任の伝道者としての務めを引き受けてくださった関口先生のその業によって補われながら今を歩んでおります。 すでに皆様のお手元に郵送された週報の 2 ページの上の右のほうに 「3511 号」と書かれております。なんと戦後の日本の、散々に戦争で痛めつけられた昭島の地で、本当にこの世に生きていく生活の困難を背負っている昭島の市民の方々に福音を述べ伝え、生きる希望と、そして福音によってもたらされる永遠の命の希望を述べ伝えるために、私は弱冠 25 歳でこの昭島の地において開拓伝道の業を始めました。実にそれから 67 年の時を経て、この 3511 回目の礼拝でお話を委ねられている者であります。 そしてこの復活節というものは、私どもの救い主イエスキリストの三十有余年の御生涯の最後、実に世界の罪深い者の、全ての者の救いのために、十字架にかけられて遂げたその尊い死の後、三日目にそのイエスが甦られたことを記念する日であると聖書にしるされております。 そのテキストに基づいて、この復活の出来事を伝えるそのような記録は世界でも他にはないわけでありますから、本当にその事実を伝える知らせとして、最初の事をしるしたヨハネによる福音書の 20 章1節以下の記録を心に留めたいと思います。そして、その知らせは 2000 年余り経ちました、2020 年の今も私たちのもとに届けられているのであります。

イースター礼拝(4月12日)予告

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-5) 明日(4月12日日曜日)の昭島教会イースター礼拝は「各自自宅礼拝」です。看板に「2020年4月5日より各自自宅にて礼拝を守っております 感染防止のため」と記しました。明朝10時30分にいつもどおり礼拝開始のチャイムを鳴らします。思いをひとつにして世界の救いを祈ります。

イースター礼拝(4月12日)予告

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-5) 昭島教会イースター礼拝(4月12日)は「各自自宅礼拝」とし、ホームページで石川献之助牧師の宣教録画を配信します。礼拝開始のチャイムは、我々の「信仰告白」として通常どおり鳴らします。昨日中に週報を郵送しましたのでご覧ください。よろしくお願いします。

十字架への道(2020年4月5日 礼拝宣教)

ヨハネによる福音書18章28~40節 関口 康 「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」 おはようございます。今日の礼拝に付ける名前をどうするかで悩みました「各自自宅礼拝」と週報に書きました。意味が分かるようで分かりません。いま世界で起こっている未曾有の事態に対してひとつの意思表示をしたいと願って付けた名前です。 今日の礼拝は「休会」ではありません。わたしたちは、いま礼拝を行っています。今日の礼拝は「開会」されています。 イエス・キリストが死者の中からよみがえられた週の初めの日としての日曜日を「主の日」と聖書が呼び、世の終わりまでその日をキリスト教安息日(Christian Sabbath)として守り続けることは教会の本質に属することであり、状況に応じてどうにでもなるという次元の事柄ではありません。 そして、安息日の本質は、神を礼拝することにおいて「魂の」安息を得ることです。その意味での安息を得るために、教会は主の日毎に目に見える形ある礼拝を行ってきました。 それは教会の歴史的な伝統でもあります。しかし、それだけではなく、「神が」命じておられることであると信じているからこそ、わたしたちは万難を排して、たとえどんなことがあっても、主の日ごとの礼拝を守ってきました。 しかし、そのことと、だからといって教会に属する者たちは、たとえ病気で苦しんでいるときも、死の恐怖と直面する事態の中にあるようなときも、体を打ち叩き、心を奮い立たせて、教会の礼拝堂というこの建物に必ず集まって、定例集会としての主日公同礼拝に、何がなんでも出席しなければならないというようなことを言い出すこととは、全く別問題です。 そのようなことを要求する教会がもしあるとしたら、イエス・キリストがお語りになった大切な言葉を忘れています。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある」(マルコによる福音書2章27節~28節)と、イエスさまがはっきりおっしゃいました。 「安息日の主でもある人の子」であられるイエス・キリストが、病で苦しむ人々と共に、死の恐怖に直面している人々と共に必ずいてくださるということを、その人々にはっきり分かるように伝える責任

【謹告】昭島教会と共に歩んでくださっている皆様へ

日本キリスト教団昭島教会(東京都昭島市中神町1232-5) 昭島教会と共に歩んでくださっている皆様へ 主イエス・キリストの聖なる御名を賛美いたします。 いつも昭島教会のためにお祈りいただき、ありがとうございます。 本教会は、新型コロナウィルス感染防止対策として、4月5日(日)主日礼拝につきましては、教会に集まってくださった方がおられた場合は、玄関で週報をお渡しし、そのままお帰りいただく形をとることにしました。 礼拝でお祈りするのは牧師だけです。皆様はどうかご自宅でお祈りください。 また、毎週木曜日の「聖書に学び祈る会」も、新型コロナウィルス感染の危険が去るまで休会することにいたします。 今後のことにつきましても、当ホームページ( http://akishimakyokai.blogspot.com/ ) で情報を公開いたしますので、URLをご登録いただき、ご活用いただきたくお願いいたします。 質問やご意見は、教会メールアドレス( akishimakyokai@gmail.com )にお送りくだされば、牧師がお応えいたします。 いずれにしましても、決してご無理のないよう、ご自宅でお過ごしになることを願っています。 なお、専門家の貴重なご意見をいただきましたので、以下、ご紹介いたします。 (1)マスクの着用は正しく行ってください。「マスクはしっかりつける、近くでお話ししない」等のルールは、しっかり伝えて、もしできていないような場面を見たら、その場できちんと「やさしく」注意してくださいね。 (2)手洗いをしっかり行い、各自が清潔なハンカチで拭いてください。タオルの共用は絶対ダメです。 (3)なるべく使い捨てのペーパーを使ってください。ペーパータオルの入手が難しいので、テッシュペーパーでも構いません。個人のハンカチが汚染されていたら、意味がありませんので。 (4)ドアノブ、手すり等の消毒も徹底して行ってください。 【参考】消毒薬の作り方(動画) 以上、ご理解・ご協力のほど、なにとぞどうかよろしくお願いいたします。 2020年4月3日 日本キリスト教団昭島教会 主任牧師 関口 康